ここ最近、クライアント様や新規にアクセシビリティ関連のご相談をいただく企業のご担当者様から、以下のようなご質問を頻繁にいただいています。
- JIS X 8341-3:2016 が近々改訂される予定だという話を聞いた
- 今からアクセシビリティ対応をはじめる場合、JIS X 8341-3:2016 を対象規格にしてよいのか?
- 改訂が近いのであれば、古くなる可能性の高いガイドラインを使わず、WCAG 2.2 を対象規格に取り組む方がよいのか?
- (すでに取り組まれている企業様だと)今まで JIS X 8341-3:2016 を対象規格に取り組んできたことは無駄にならないのか?
WCAG 2.2 が W3C 勧告となったのは 2023 年の 10 月ですが、特に昨年の半ばくらいからでしょうか、この WCAG 2.2 が ISO/IEC 40500 の改訂版として策定される話が動き出すと、それに合わせた JIS X 8341-3 の改訂についても話題に上ることが多くなりました。
もともと JIS 規格自体は本来、原則として 5 年ごとに内容の見直しがされることになっていますが、JIS X 8341-3:2016 はその策定からすでに約 9 年が経過しており、さらに ISO/IEC 40500 が WCAG 2.2 の内容に基づいて改訂された場合は、JIS X 8341-3 についても最新版の ISO/IEC 規格の内容に一致する形で改訂されるため、「そろそろ JIS X 8341-3 が改訂されそうだ」という話になるのは当然の流れです。
しかし、ここでご注意いただきたいのは、JIS X 8341-3 が近い将来改訂され、WCAG 2.2 の一致規格となるであろうことが、今(例えば今年、2025 年に)アクセシビリティ対応に取り組むにあたって JIS X 8341-3:2016 よりも WCAG 2.2(将来的な JIS X 8341-3:202x) を選択すべきであるという結論には直結しないという点です。
私は、実際に JIS X 8341-3 が改訂されたあとはさておき、まだその改訂時期が明確でない現時点においては、まず JIS X 8341-3:2016 に取り組むべきである と考えていますし、実際にご相談いただいた場合もそのようにお答えしています。
実はこのやりとりを昨年の中頃から何度も繰り返しており、これはコラムにまとめておいて詳しい話はそちらをお読みくださいとする方がよいなと思いましたので、今回は「現時点であれば JIS X 8341-3:2016 を選択した方がよい」と考える理由と、将来的な JIS X 8341-3 の改訂を見据えた、実践的なアプローチについて解説します。
JIS X 8341-3:2016 からはじめる合理的な理由
まずは、なぜ、近い将来改訂されることがある程度わかっているにもかかわらず、現時点でも JIS X 8341-3:2016 を対象規格として取り組むことがよいのかについて簡単に説明しておきましょう。
1. 前提として
ご相談を伺っていて稀になのですが、JIS X 8341-3:2016(WCAG 2.0)は、WCAG 2.2 の勧告、もしくは今後その内容に基づいて JIS X 8341-3 が改訂されることにより、「古い規格」になってしまうので、今からそれを対象規格にすると取り組みが無駄になってしまうのでは?という誤解をされている方がいらっしゃいます。
この点に関しては完全な誤解ですので、まず前提として覚えておきましょう。
以前、弊社のコラムでも WCAG の改訂がされるごとに書いているとおり、WCAG については、常に下位互換性を考慮した形、つまり以前のバージョンのガイドラインを内包しつつ、新たな達成基準が追加されるという形でバージョンアップがされています。
言い換えれば、新しいバージョンのガイドラインによって、以前のバージョンに含まれていた達成基準が変更されたりはしていません(一部、達成基準 4.1.1 が WCAG 2.1 から 2.2 に更新される過程で廃止されましたが)ので、仮に WCAG 2.2 やその一致規格として JIS X 8341-3 が改訂されたとしても、JIS X 8341-3:2016 を対象として取り組んできたことは全く無駄になりません。
2. 段階的な学習と実装が現実的
これは弊社コラムで繰り返し書いていますが、アクセシビリティへの取り組みは、一朝一夕に完了するものではありませんし、終わりのない長い旅です。
アクセシビリティに取り組む上で重要で、目標とすべきことは、「アクセシビリティへの取り組みが当たり前に組み込まれた組織、制作プロセス、あるいは運用体制の構築」である、という件も折に触れてお話ししています(後述するリンク先をご参照ください)。
先ほど、WCAG はバージョンアップによって新たな達成基準が追加されてきたと書きましたが、逆に言えば、JIS X 8341-3:2016 における達成基準の数は WCAG 2.2 よりも少なく、初めてアクセシビリティに取り組む企業や組織にとって、その学習曲線が緩やかという大きなメリットがあるということです。
まずは現行の JIS X 8341-3:2016 に取り組み、組織としてアクセシビリティ対応に取り組むベースを確立した上で、WCAG 2.2 における追加の達成基準に対応する段階的アプローチが、多くの組織にとって現実的でしょう。
3. 将来への準備としての位置づけ
では、どうせ改訂されるのがわかっているのであれば、JIS X 8341-3:202x なる最新版が公示されるまでアクセシビリティ対応プロジェクトの開始自体を待てばよいのでは?とお考えになる方もいるかもしれませんが、これもお勧めしません。
繰り返しになりますが、アクセシビリティ対応は長い道のりです。
社内の環境整備(単にドキュメントやガイドラインを整備したりするだけでなく、関係者のアクセシビリティに対する知識、スキル向上も含みます)を行い、アクセシビリティ対応やその品質管理が自然に実行される開発・制作プロセスを構築しなければなりません。
そのため、アクセシビリティ対応はなるべく早めに取り組みを開始した方がよいということになります。
JIS X 8341-3 の改訂は確実に行われるでしょうが、その正確な時期は現時点では未定です。
前述の通り、仮に JIS X 8341-3:2016 を対象規格にアクセシビリティに取り組んだとしても、その取り組みが無駄になったり、将来的な WCAG 2.2 一致規格での対応にとって足かせになったり、遠回りになることは一切ありません。
つまり、今から JIS X 8341-3:2016 を対象規格としてアクセシビリティ対応に取り組むことは、将来の改訂への準備としても有効ということです。基本的なアクセシビリティ対応を済ませておくことで、改訂後の追加要件にスムーズに対応できます。
実践的なアプローチ: JIS X 8341-3:2016 から WCAG 2.2 へ
では、今からアクセシビリティ対応に取り組むとして、近い将来行われるであろう JIS X 8341-3 の改訂も考慮しつつ取り組むための実践的なステップについても触れておきましょう。
ステップ 1: JIS X 8341-3:2016 で基礎を固める
アクセシビリティ要件(方針)については、企業や組織が持つリソース、ウェブサイトの規模、予算などによって本来変わってくるものですが、例えば JIS X 8341-3:2016 を対象規格に、適合レベル AA への準拠を目指す場合、下記のようなプロセスが一般的です。
- 適合レベル A、AA に分類される各達成基準を理解し、プロジェクト内での優先順位決定
- 自社のウェブサイトやアプリケーションの現状評価(アクセシビリティ試験)を実施
- 試験結果を基に修正計画を策定
- 具体的なスケジュール案や対応計画に落とし込んで実行
- 再試験による評価
ただし、これも弊社コラムで何度か書いていますが、特定の職務の人、例えば実装を担当する人だけに丸投げして「あとはよしなにやっておいてね」というだけではなかなかうまくはいきません。
アクセシビリティ対応はどこか特定の部門や職種の方だけが頑張るような取り組みではなく、組織全体で進めるべきものです。
つまり、前述した基本的なプロセスに加え、同時進行で下記のような組織内の環境整備も必須となります。
- 部門横断的なアクセシビリティチームや責任者の設置
- 定期的なアクセシビリティに関する研修、勉強会や啓発活動の実施
- デザインシステムや制作ガイドラインへのアクセシビリティ要件の組み込み
- アクセシビリティ品質チェックのための仕組み作り
これら取り組みはそう簡単なものではありませんが、JIS X 8341-3:2016 でスタートすることで、例えば、研修や勉強会においてはその学習範囲を絞ることができ、同じ時間であればより深く学ぶことが可能になります。
デザインシステムや制作ガイドラインの整備についても、当然ながら対象となる達成基準が少ない方がその手間や浸透に時間がかかりませんし、品質チェックの仕組みについても JIS X 8341-3:2016 の範囲で行うのであれば難易度は低下するでしょう。
このように、まずは JIS X 8341-3:2016 でスタートすることで、負荷を軽減しつつ、アクセシビリティ対応を組み込んだ組織体制、制作プロセスの構築が可能になります。
場合によっては目標とする適合レベルを、まずは「A」からはじめてみるというのも有効なアプローチです。
とにかく欲張らずに、ミニマムスタートして体制を整え、組織全体が「アクセシビリティ対応なんて当たり前」という状態にすることを重視してください。
ステップ 2:WCAG 2.2 の追加要件への対応準備
JIS X 8341-3:2016 を対象規格に一定のアクセシビリティ対応が当たり前の状況ができれば、次のステップに進む準備は万端整ったと言えます。
WCAG 2.2 (もしかするとその頃には JIS X 8341-3:202x が公示されているかもしれません)で追加された達成基準について学習や対応策の検討を始めましょう。
- WCAG 2.2 で新たに追加された達成基準の理解
- 自社のウェブサイトやウェブアプリケーションに関連性の高い達成基準を特定し、優先順位を決定
- 対応のための技術的な調査や準備
さらに下記にもアップデートが必要です。
- アクセシビリティに関する研修、勉強会の内容をバリエーションアップ
- デザインシステムや制作ガイドラインに対する WCAG 2.2 要件の組み込み
- アクセシビリティ品質チェックのための仕組みの WCAG 2.2 対応
ここまでできれば、あとは実行して、品質管理するプロセスを回していくことになります。
- 具体的なスケジュール案や対応計画に落とし込んで実行
- アクセシビリティ試験による評価
アクセシビリティへの取り組みは、ガイドラインのバージョンを気にして様子見したり、最初から完璧を目指すあまり燃え尽きてしまうよりも、早めに取り組みを始め、現実的なステップを着実に進めることで、長期的に取り組むことが重要です。
その時、まずは JIS X 8341-3:2016 を対象規格にアクセシビリティ対応に取り組むことは、多くの企業にとって理にかなった選択であり、将来の WCAG 2.2 対応への堅実な基盤となります。
その上で、JIS X 8341-3 の改訂動向についてもアンテナを張っておくとよいでしょう。もちろん、本ブログでも新たな情報が出た場合は取り上げる予定です。