2016年4月1日に施行された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(いわゆる「障害者差別解消法」)」ですが、来月、2024年の4月1日に、その改正法(以下、「改正 障害者差別解消法」)が施行されます。

我々、一般の企業にとって最も重要な改正のポイントとしては、これまで努力義務(意味的には「Should / するべき」)とされていた、事業者による「合理的配慮の提供」が、義務化(意味的には「Must / しなければならない」)されるという点でしょう(なお、国(行政機関など)については改正前から法的義務とされています)。

弊社の専門分野は法律や法務ではないため、この改正法について、法令の解釈などを含む詳しい解説、あるいは具体的な事例に関する法的な解釈などについてアドバイスや情報提供を行う立場ではありませんが、Webページやアプリケーションにおける、アクセシビリティを専門分野としている関係から、Webサイト等の運用における「合理的配慮の提供」についてはクライアント様をはじめ、多くの方からよくご相談いただく内容であり、現行法はもちろん、今回の改正法施行にも注目し、適切、かつ正しい情報提供ができるよう、努めております。

そこでこの記事では、「改正 障害者差別解消法」に関する情報を整理してお届けしてみたいと思います。


基本

まず、最も基本的な部分ですが、内閣府のWebサイトより、「障害者差別解消法」、および「改正 障害者差別解消法」に関連する広報資料を下記にまとめます。簡単に概要を理解したいという方はこれら資料をまずは確認してみるとよいでしょう。

チラシ「障害者差別解消法が改正に 事業者にも合理的配慮の提供が義務化されます」』以外については、2016年4月1日の施行前から公開されていたものです。

また、上記の情報だけでは解決しない個別事案に関する質問や具体的な対応に関する相談等に関しては、下記に相談窓口が設けられていますので利用を検討してみるとよいでしょう。

障害者差別解消法の基本方針

法律の全文を読む前に、なぜこの法律が施行されるに到ったのか、どのような意図があるのかについては、下記リンク先に記載されていますので、そちらを一読されるのがよいと思います。

現行、改正法問わず、障害者差別解消法の大きなポイントとしては以下の点が挙げられます。

  • 国(行政機関など)、および事業者は、障害者に対して、正当な理由なく、障害を理由として、障害者の権利利益を侵害することを禁止する
  • 国(行政機関など)、および事業者は、障害者から社会的障壁(バリア)の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合、その実施に伴う負担が過度でない範囲で、社会的障壁の除去の実施について、必要かつ合理的な配慮を行うことを求める

基本方針ではこれら大枠の考え方や、法律が適用される範囲、あるいは求める対応などについてまとめられています。

この基本方針についても、改正に伴い変更が入っていますので、改正法の基本方針を確認したいところですが、本記事執筆点ではWebページ(HTML)としては公開されていません。

PDF形式などでは閲覧可能で、前述した内閣府、「障害を理由とする差別の解消の推進」ページの「基本方針」セクションにリンクがありますので確認してみてください。

もし、改正前後で基本方針がどのように変わったのかを確認したいという用途であれば、下記のPDFファイルが適していますので参考までにリンクを掲載しておきます。

障害者差別解消法の条文

現行の「障害者差別解消法」が具体的にどのような内容なのかを確認したいという方は、法律の全文を読んでみることをお勧めします。長大な文章ではありませんのですぐに読むことができるでしょう。

基本方針と同じページからリンクが張られていますので、Webページとして閲覧可能です。

改正 障害者差別解消法は、現行の法律(上記リンク)に一部改正を加えたものですが、この改正箇所について改正前後で比較をしたい場合は、下記のPDFが便利です。

リンク先をご確認頂くとわかると思いますが、一般的な企業にとっては、「第8条」の改正が関係します。

それまで社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない。となっていたものが、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。と変更されていますね。

これが、「合理的配慮の提供が義務化された」という話の具体的な根拠となる条文の改正ということになります。

重要な用語

詳しくは上記に示した各リンク先をご覧頂くのがよいと思いますが、重要な用語について簡単にまとめておきます。

障害者

障害者というと「障害者手帳を持っている人のことですか?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、法律が定義する障害者は下記の通りです。

対象となる障害者は、法第2条第1号に規定する障害者、即ち、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害及び高次脳機能障害を含む。)その他の心身の機能の障害(難病等に起因する障害を含む。)(以下「障害」と総称する。)がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものである。これは、障害者基本法第2条第1号に規定する障害者の定義と同様であり、いわゆる「社会モデル」の考え方を踏まえている。したがって、法が対象とする障害者の該当性は、当該者の状況等に応じて個別に判断されることとなり、いわゆる障害者手帳の所持者に限られない。

「改正 障害者差別解消法 - 基本方針」より引用

最後の部分に書かれているとおり、障害者手帳の所有者に限定されるものではありません。

事業者

事業者にも合理的配慮の提供が義務化されます』などというように、「事業者」という言葉が出てきますが、法律上の定義は下記の通りです。

対象となる事業者は、商業その他の事業を行う者(地方公共団体の経営する企業及び公営企業型地方独立行政法人を含み、国、独立行政法人等、地方公共団体及び公営企業型以外の地方独立行政法人を除く。)であり、目的の営利・非営利、個人・法人の別を問わず、同種の行為を反復継続する意思をもって行う者である。

したがって、例えば、個人事業者や対価を得ない無報酬の事業を行う者、非営利事業を行う社会福祉法人や特定非営利活動法人も対象となり、また対面やオンラインなどサービス等の提供形態の別も問わない。

「改正 障害者差別解消法 - 基本方針」より引用

つまり何らかの事業を行っていれば、業界を問わず、すべて対象ということです。

合理的配慮

「合理的配慮」というのは何ですか?ということについては、下記のように基本方針に定義されています。少し長いですが引用します。

「合理的配慮」は、「障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」と定義されている。

(中略)

合理的配慮は、障害の特性や社会的障壁の除去が求められる具体的場面や状況に応じて異なり、多様かつ個別性の高いものである。また、その内容は、後述する「環境の整備」に係る状況や、技術の進展、社会情勢の変化等に応じて変わり得るものである。

合理的配慮は、行政機関等及び事業者の事務・事業の目的・内容・機能に照らし、必要とされる範囲で本来の業務に付随するものに限られること、障害者でない者との比較において同等の機会の提供を受けるためのものであること、事務・事業の目的・内容・機能の本質的な変更には及ばないことに留意する必要がある。その提供に当たってはこれらの点に留意した上で、当該障害者が現に置かれている状況を踏まえ、社会的障壁の除去のための手段及び方法について、当該障害者本人の意向を尊重しつつ「(2)過重な負担の基本的な考え方」に掲げた要素も考慮し、代替措置の選択も含め、双方の建設的対話による相互理解を通じて、必要かつ合理的な範囲で柔軟に対応がなされる必要がある。

「改正 障害者差別解消法 - 基本方針」より引用

ここで「環境の整備」という言葉が出てきますが、環境の整備は下記のように記述されています。ここでアクセシビリティの話が出てきていますね。

環境の整備の基本的な考え方
法は、個別の場面において、個々の障害者に対して行われる合理的配慮を的確に行うための不特定多数の障害者を主な対象として行われる事前的改善措置(施設や設備のバリアフリー化、意思表示やコミュニケーションを支援するためのサービス・介助者等の人的支援、障害者による円滑な情報の取得・利用・発信のための情報アクセシビリティの向上等)を、環境の整備として行政機関等及び事業者の努力義務としている。環境の整備においては、新しい技術開発が投資負担の軽減をもたらすこともあることから、技術進歩の動向を踏まえた取組が期待される。また、ハード面のみならず、職員に対する研修や、規定の整備等の対応も含まれることが重要である。

「改正 障害者差別解消法 - 基本方針」より引用

つまり、「合理的配慮を提供する」ということは、障害者から求められたとき、事業者にとって業務に大きな支障が出たり、過度な負担とならない範囲で、障害者でない人と同等の機会の提供が行えるように配慮してくださいということになります。

これは例えば、お店の前に階段があって、車椅子のお客さんがお店に入れなくて困っていると申し出があった場合、「階段にスロープを臨時で設置して、車椅子で上るのをお店のスタッフの方が手伝ったり」「店舗内で車椅子の移動に支障がある障害物を一時的に移動したり」といった対応が挙げられます。

一方で、スタッフが1人で運営しているお店の、一番混み合う時間帯に、事前の申し合わせもなく上記のような対応を求められたとして、「他のお客さんの対応があるので今は難しいです。少しお待ち頂けますか?」といった対応をするのも、「均衡を失した又は過度の負担を課さない」「双方の建設的対話による相互理解を通じて、必要かつ合理的な範囲で柔軟に対応」という部分を解釈すれば妥当でしょう。

当然ながら、「障害者の方に求められたら、なにがなんでも要望通りにしろ」などという無茶な話ではありませんので、その点は誤解しないように注意してください。

重要なのは、前述した引用文 双方の建設的対話による相互理解を通じて、必要かつ合理的な範囲で柔軟に対応がなされる にもある通り、お互いに話し合って、お互いが納得できる落とし所を探そうとする努力です。

その上で、例えばお店をリニューアルするような機会に「階段の一部をスロープ化する工事をする」、あるいは「店舗内の什器などの配置を、車椅子の方が来店しても問題ないよう、余裕のあるレイアウトに変更しておく」といったことは、「環境の整備」に該当しますので、可能であれば徐々に取り組んでいくとよいと思います。

基本方針にも書かれていますが、合理的配慮は、「特定の利用者(障害者)に対して、個別の状況に応じて提供される措置」であり、一方の「環境の整備」は、「不特定多数の利用者(障害者)向けに、事前に改善措置を実施しておく」という話になります。

余談ですが、それを踏まえて、Webサイトのアクセシビリティ対応の話をしますと、これは不特定多数の利用者に対して、情報にアクセスしやすくするための継続的な取り組みであり、言い換えれば、環境整備のための有効な施策となります。

弊社としましても、この機会に新たにアクセシビリティ対応に興味をもち、実践される企業、団体様が増えることを願っています。

より具体的な情報

具体的に、合理的配慮の提供に関する事例が見てみたい、という方には下記が参考になります。こちらもリンク先は内閣府のWebサイトです。

また、内閣府が提供する下記のサイトでは、上記の事例集を、条件に応じて検索して閲覧することができます。

例えば、上記で紹介されている事例の中には、下記のようなものがあります。

1-(1)-3
事例: 書類等にマーカーで線を引いて説明をされても、色が同じに見えてしまうので分からない。

対応: 該当箇所に数字や下線、波線 等の印をつけて説明をした。

上記は行政機関の窓口における対面でのやりとりで発生した事例ですが、実は、Webページにおいても同様の問題が発生します。

「ウェブコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン(WCAG - Web Content Accessibility Guidelines)」や「JIS X 8341-3:2016」の「達成基準 1.4.1」には、「色の使用 / Use of Color (Level A) 」という達成基準があります。

これは、わかりやすく簡単に言うと、「色の違いに依存して情報を伝えようとすると、それが正しく認識できない利用者もいますよ」という話なのですが、まさに事例と同様、Webコンテンツにおいても、線や背景の色、あるいは文字の色など、「色」のみに依存して情報を伝えようとすると、色を正しく認識できない利用者にとっては理解できない内容になってしまうことがあります。

そのため、上記事例における対応のように、色だけに依存せず、異なる種類の下線や枠線を組み合わせたり、アイコンのデザインなどと組み合わせて情報を伝える必要があり、そのことがアクセシビリティガイドラインにも明記されているということです。

つまり、前述した「環境整備としてのアクセシビリティ対応」に日頃からきちんと取り組んでおくことで、自然とこのような事例に対して問題解決がされている、という状態を作ることができるわけです。

誤った情報に注意しましょう

最後に少し余談にはなりますが、今回の改正 障害者差別解消法の施行に関連して、一部で「合理的配慮の提供」として、特定のアクセシビリティガイドライン、例えば WCAG や JIS X 8341-3:2016、もしくはそれらガイドラインにおける、特定の適合レベルに適合、準拠することが「義務化される」といった誤った情報が散見されるようです。

前述したとおり、アクセシビリティ対応は環境整備(不特定多数に対する事前的な改善措置)に該当すると考えるのが妥当でしょう。また、アクセシビリティガイドラインのある適合レベルに適合、準拠したからといって、合理的配慮の提供を行う機会がゼロになるのかというとそんなことはありません。

合理的配慮とは、「特定の利用者(障害者)に対して、個別の状況に応じて提供される措置」ですから、Webサイトがアクセシビリティガイドラインに適合、準拠していようが、していなかろうが、障害者の方から「ここがどうしても使えないのでなんとかして欲しい」と言われれば、合理的配慮の提供義務が生じます(その提供方法がWebサイトの修正、改修とは限りません)。

また、弊社としても、環境整備としてアクセシビリティ対応に取り組んで頂くこと自体は強くお勧めしますが、アクセシビリティ対応は、ある時点で、特定のアクセシビリティガイドラインの、特定の適合レベルに適合、準拠すればそれで全部終わり、というような短期的な取り組みではありませんし、試験結果でエラーがなかったからといって、それがすべての利用者(障害者を含む)にとって、100% 使いやすく、わかりやすいというお墨付きをもらったわけではない、という点も忘れてはいけません。

それらを正しく認識した上で、環境整備としてのアクセシビリティ対応に興味を持って頂けたのなら、アクセシビリティ対応をお手伝いしている弊社としてもうれしい限りです。

また、自社に提供可能な合理的配慮とは?という点については、日頃から、Webサイトの運用に関わる方々の間で情報収集、共有したり、ディスカッションして共通認識を持っておくということも大切です。その中で、問い合わせ対応の体制を整えたり、マニュアルを整備したりといった、環境整備面での課題、施策が洗い出されることも多いと思います。

ぜひこの機会に、できるところから始めてみてください。そのきっかけとして、本記事が少しでもお役に立てば幸いです。


弊社では、「Webアクセシビリティ対応(適合・準拠)サービス」「Webアクセシビリティ チェック(評価)サービス」「Webアクセシビリティコンサルティング」などの、Webアクセシビリティ関連サービスを提供しています。

また、具体的な要件は決まっていないが、Webアクセシビリティ対応などについて相談したいことがある、という企業様向けに、「オンラインでのスポットコンサルティング」も提供しておりますので、お気軽にご相談ください。

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