弊社がウェブアクセシビリティ対応に関連する案件についてご相談を承る際、「具体的なウェブアクセシビリティに関する要件は想定されていますか?」と質問に対するお客様の回答は、「ほぼ」といっていい程、「(ウェブサイト全体を)JIS X 8341-3:2016 の適合レベル AA に準拠したい」というものです。

これはご相談案件がウェブサイトの新規構築やリニューアルを伴うもので、その要件のひとつとして出てくる場合もありますし、今後の方針を決めたいのでコンサルティングして欲しいといったお話の中でも同様に、まずはそこ(JIS X 8341-3:2016 の適合レベル AA に準拠)を目指しますというお話になることがほとんどです。

本コラムではこのようなウェブアクセシビリティ要件の設定が良い、悪いというお話をするつもりはありません。ウェブアクセシビリティ要件が明確に定まっていること自体は素晴らしいことですし、正しいプロセスを踏んでいけば、その結果もよいものとなるでしょう。

ここでは、「JIS 8341-3:2016 適合レベルAA に準拠する」といったウェブアクセシビリティの要件設定、― 本コラムで申し上げたいことにあわせて、少しだけ言い方を変えれば、「最初から難易度が高めの目標設定をすること」あるいは「周りがそうしているから、と『よく考えずに』ウェブアクセシビリティ要件を決めること」― について、弊社の考え方をお伝えしたいと思います。

もし、ウェブアクセシビリティに取り組みたいけれど、思ったより予算がかかるな、手間や人的リソースが大変だな、と躊躇されている、あるいはすでにウェブアクセシビリティ対応に取り組んでいるが、本当にこのやり方で良いのだろうか、とお悩みの企業様がいらっしゃる場合は、ひとつの考え方として参考にして頂けるのではないでしょうか。

本コラムでお伝えしたいことの要約

「JIS 8341-3:2016 適合レベルAA に準拠する」といったウェブアクセシビリティの要件設定自体は素晴らしいことですが、一方で弊社の基本姿勢としては、

  • ウェブアクセシビリティ対応は長期的な取り組みであって、ウェブサイトを運用していく限り終わりがないもの
  • ウェブアクセシビリティに取り組むという方針は、制作現場だけがコミットすればよいものではなく、文化として、企業や組織全体に浸透させるべきもの。つまり、ウェブアクセシビリティ対応が当たり前に組み込まれた組織・体制作りが重要である

という前提があり、かつ、これらを実現するためには、

  • ウェブアクセシビリティへの取り組みは、ダイエットや健康のための適度な運動と同じで、無理のない範囲で楽しく継続し、「習慣化」する工夫をすることが大切

という考え方をしてみると、また違ったウェブアクセシビリティ要件の定め方が見えてくる場合もあります。

「他の企業がそうだから」「公的サイトがそうしているから」、といった固定概念に捕らわれず、より現実的で、その企業、組織の予算規模やリソースに適したウェブアクセシビリティ対応の方針や要件を定めることで、無理なく、長期的にウェブアクセシビリティ対応に取り組むことが可能になり、結果としてそれが目標達成の最短ルートになることもあります。

予算やリソースに適したウェブアクセシビリティ要件設定という考え方

冒頭に書いたとおり、弊社にウェブアクセシビリティ対応についてご相談いただくクライアント様から、最初に提示されるウェブアクセシビリティ要件は、「ほぼ」といっていい程、「(ウェブサイト全体を)JIS X 8341-3:2016 の適合レベル AA に準拠したい」です(「JIS X 8341-3:2016」が「WCAG 2.1」である場合もありますが)。

これは恐らく、総務省が公開している「みんなの公共サイト運用ガイドライン」内で、「公的機関に求める取り組み」として挙げられている「JIS X 8341-3:2016 の適合レベル AA に準拠したウェブサイトの公開とその継続的な改善」などの記述や、それに基づいて多くの企業様が同等の要件をウェブサイト構築時に提示していることが影響していると思います。

「みんなの公共サイト運用ガイドライン」(余談ですが最近、2024年版が公開されています)自体は有益な資料ですので、大いに参考にしていただいてよいと思いますが、一方で、

  • 「みんなの公共サイト運用ガイドライン」内で求められている取り組みは、あくまで公的機関のウェブサイトに対するものであること
  • 企業・団体の規模、ウェブサイトの開発や運用に割り当てられる予算規模によっては、必ずしも公的機関のアクセシビリティ要件を踏襲することが適しているとは限らないこと

については、まずはじめに認識された方がよいと考えます。

また、最終的には公的機関と同等のアクセシビリティ要件を目指すにしても、フェーズ分けなど、段階的、かつ継続的な取り組みで時間をかけて、目標に到達するというアプローチも選択肢として持つべきと考えます。

要件の緩和で、ゆとりを持って、楽しくウェブアクセシビリティに取り組める場合も

要件の話とは少し話題がずれますが、前提として書きます。

ウェブアクセシビリティ対応は、例えば「ウェブサイト全体を JIS X 8341-3:2016 の適合レベル AA に準拠しよう」と決めたら、あとは制作部門に丸投げしておいて、納品前の試験でチェックさえすればOK、というような単純なものではありません。

ウェブアクセシビリティへの取り組みを「どこかの時点で」「何らかの試験をパスすれば」それで終わり、というような、短期的なウェブサイト改修作業として捉えていると、このような発想になりがちなのですが、このような考え方は、

  • 制作・運用プロセス全体を通して、求められるウェブアクセシビリティ要件を満たしながら業務を回していくための社内体制(人的リソースはもちろん、社内の制作ガイドラインや各フェーズでの品質チェック体制含め)を確立するという重要な段階を無視したり、軽視しがちなので、結果として実装担当者にのみ負担が集中したり、その状態で第三者によるウェブアクセシビリティ試験を実施すると、その試験結果によっては納品・公開直前に大きな手戻りが発生する可能性が高まる
  • 納品・公開直前に発生した大量の修正を場当たり的に修正することによるウェブサイト品質の低下や、作業担当者の能力に依存した修正対応によるソースコードの一貫性欠如といった問題の発生(実装ルールなどが社内ドキュメントとして整備されないので、以降も同じような実装の問題が発生し続けるということも)
  • 「とりあえず納品前の試験をパスしたので終わり」となることにより、アクセシビリティ品質が一番高かったのはウェブサイトの納品・公開直後の一瞬だけで、その後は更新されるごとにアクセシビリティが著しく低下するという好ましくない状態が発生する

といった問題の原因となります。

ウェブアクセシビリティに取り組む上で重要(というより目標とすべきもの)なのは、「ウェブアクセシビリティへの取り組みが当たり前に組み込まれた組織、制作プロセス、あるいは運用体制の構築」であると弊社は考えています。

もちろん、最初から「JIS 8341-3:2016 適合レベルAA に準拠する」といった要件を設定すること自体が、そこに直接的に悪影響を与えるわけではないのですが、一方で、最初に定めるウェブアクセシビリティ要件が、その企業、組織の実情に対して難易度が高すぎた場合、予算的、あるいは時間的制約から、この重要な部分がおざなりになり、結果として「ある時点で試験にパスする」という、本来は品質チェックの手段でしかないものが目的化してしまう可能性が高くなるのも弊社の経験から事実です。

そこで本コラムのタイトル、「そのウェブアクセシビリティ要件、本当に必要(≒ 必須)ですか?」というお話につながるのです。

例えば、「JIS X 8341-3:2016 適合レベル AA 準拠」に拘らず、「適合レベル A」と「適合レベル AA」に該当する達成基準の中から、まずはいくつかの達成基準だけを選択して、それらを達成できるような制作プロセスを構築するところから初めてみる、といった形でウェブアクセシビリティ要件を緩和してみます。

選択する達成基準は何でも良いのですが、例えば下記の5つの達成基準(すべて JIS X 8341-3:2016 適合レベル A に該当)に絞ってみる場合を考えてみましょう。

  • 1.1.1 非テキストコンテンツの達成基準
  • 2.1.1 キーボードの達成基準
  • 2.3.1 3回のせん(閃)光、又はしきい(閾)値以下の達成基準
  • 2.4.2 ページタイトルの達成基準
  • 2.4.4 リンクの目的(コンテキスト内)の達成基準

上記5つの達成基準を選択したことに深い意味はなく、弊社が特にこの5つの達成基準を優先度が高いものとして認識しているということではありません。

この5つだけしか達成基準を満たさないのでは意味がないのでは? と考える方がいらっしゃるかもしれませんが、そんなことはありません。

まず最初の取り組みとして行うには、このくらいの難易度からスタートした方が、目標も、確認しなければならない事項も単純、かつ明確になりますし、社内ドキュメントの整備やチェック体制を作る上でも負担が少なく済むだけでなく、試験するにしてもその手間やコストが抑えられます。

たった5つの達成基準ですが、これら達成基準を確実に満たすウェブサイトを制作し、日々更新してもそれが保たれる体制を作るには、

  • 役職や職種を問わず、ウェブサイトの制作や運営に関わる方全員(本来は「組織の全員」なのですがこの話を書き出すと長くなるので)が、ウェブアクセシビリティに取り組むことの意味を理解し、さらに達成基準の目的や具体的な達成方法について正しく理解すること

加えてもう少し具体的にいうと、

  • ウェブサイトの予算を決定する立場の方であれば、これら体制を作るための工数を算出して予算や人的リソースを確保する(予算決定権があるのが経営層の方であれば、経営層がウェブアクセシビリティへの取り組みを理解し、推奨することも重要です)
  • ウェブサイトの制作をディレクションする立場の方は、これら達成基準を満たす機能要件の策定や設計、原稿の作成、あるいはウェブサイトの公開や納品前の品質管理として、これら達成基準を満たしているかを確認するテスト項目を定め、実施する必要があり、かつそれらがディレクター職全体で行われるためにドキュメントやルールを整備、教育などを進める
  • デザイナーや実装担当者の方々も、デザインガイドラインや制作ガイドラインを整備したり、社内勉強会を通して常に知識を共有していく
  • CMSなどから日々の更新などを担当する部署がある場合は、この部署の方々にも同様の社内ガイドライン、ルールの提示と浸透を進める

などが必要で、5つの達成基準に絞っても、それなりに大変そうだというのは想像できるのではないでしょうか。

実際に、弊社がお手伝いする中でも、最初はウェブアクセシビリティガイドラインで求められる達成基準の数と、その対応方法の複雑さや難易度に怯んでしまっていたクライアント様もいらっしゃいました。

しかし、前述のように、達成基準を絞った上で、勉強会やワークショップを通して社内ドキュメントの整備や知識の共有を行いながら少しずつ前進し、徐々に目標を引き上げることで、現在では「JIS 8341-3:2016 適合レベルAA への準拠」を前提とした制作・運用プロセスを確立されたような例もあります。

このように、ウェブアクセシビリティ要件を定める際は、目的と手段をまずは取り違わないようにすること、そして目標達成のためには「実装技術」や「試験の方法」などといったことよりも先に、「組織作り」が重要であることを踏まえていただいた上で、自社が確保可能な予算、リソースと照らし合わせて適切な要件定義をすることが重要です。

無理のないウェブアクセシビリティ要件の設定が、結果として正しいプロセスを歩むことにつながり、投資効率の最大化につながるでしょう。もし、同じような課題を抱えている企業様がいらっしゃいましたら、ひとつの参考にして頂ければ幸いです。

もちろん、最初から「JIS 8341-3:2016 適合レベルAA への準拠」など、高い目標の達成を目指して取り組みたいという企業・団体様からのご相談もお待ちしております。


現在、最も多くのお問い合わせ、ご相談を頂いている弊社のウェブアクセシビリティ対応サービスについて、サービスの全体像をまとめた特設ページをご用意しています。詳しくは下記のリンクよりご確認ください。

また、具体的な要件は決まっていないが、ウェブアクセシビリティ対応などについて相談したいことがある、という企業様向けに、必要な時、必要なタイミングで利用できる「スポット利用」と、月額・定額でコンサルティングを利用できる「月額・定額プラン」から選択してご利用可能な、「オンライン ウェブアクセシビリティ コンサルティング」も提供しておりますので、お気軽にご相談ください。

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